ベアリングの基本構造と仕組み
まずは、ベアリングがどのように動くのかを簡単におさらいしましょう。 一般的なベアリングは、シールド・インナーリング・ボール・リテーナー・アウターリングといった部品で構成されています。 さらに、潤滑剤には「オイル」と「グリス」の2種類があり、その特徴については後ほど詳しく解説します。

ABECの「神話」と「現実」
ベアリングに関する代表的な概念のひとつに「ABEC規格」があります。これは、パーツの製造精度を示す指標です。 直感的には「精度が高いほど良い」と思えますが、本当にそうでしょうか? そもそも高ABECのベアリングは、医療・製造業・航空といった精密機器のために開発されたものです。 例えば、歯科で使われるタービンという機器にもベアリングが組み込まれています。 仕組みを簡単に言うと、タービンの先端に空気が送り込まれ、羽根が高速回転してドリルを回転させます。 このときベアリングは、ドリル軸を正確に支えながら、滑らかに回転させる役割を果たします。
歯科用タービンには極めて高精度なベアリングが必要です。 回転数は RPM(1分間の回転数)で表され、その速度はなんと 30万〜50万RPM に達します。 仮にこれらをABEC-9のベアリングだとします。 では、私たちがスケートボードでこれを使った場合、その性能をどれほど活かせるのでしょうか? ちょっと計算してみましょう。

スケートボードで一般的なプッシュ速度は約10 km/h。 これは1分あたり約167 mに相当します。 50 mmのウィールを使うと、1回転あたりの移動距離は約0.16 m。 1分で進む167 mを0.16 mで割ると、およそ1,060回転です。 つまり、普通にプッシュしているだけならウィールは1分間にたった1,060回しか回りません。 一方、ABEC-9ベアリングが耐えられる上限は50万RPMです。 1,060 は50万のうちのたった約0.2% にすぎないのです。

では逆に、もしウィールが本当に50万RPMで回ったらどうなるでしょうか? ウィール1回転の距離0.16 mに50万を掛けると、1分間に80 km進むことになります。 これを時速に直すと 4,800 km/h(80 × 60)。 これはマッハ3.8ほどで、 SR-71 ブラックバード の最高速度とほぼ同じです。

この速度ならフルマラソン(42.195 km)を約32秒で走り切れます(42.195 km ÷ 78.5 km/分 ≈ 0.54分)。 ニューヨークからロンドンまでも約71分(5,570 km ÷ 4,710 km/h ≈ 1.18時間)。 地球の半分を71分で移動できます。 ……あなたはそんな速度でスケートしますか? きっとしませんよね。

もう一つ重要なのが、衝撃とインパクトの問題です。 先ほどのタービンを思い出してみてください。 もしあの精密機器を地面に叩きつけたらどうなるでしょうか? 当然、壊れてしまいます。 ベアリング内部のボールは変形し、軸がぶれて、元のような滑らかな回転はできません。 しかしスケートボードでは、まさに「地面に叩きつける」動作を常にしています。 オーリーひとつでも内部パーツが変形し、高精度ベアリングの精度は一気に落ちてしまいます。 もちろんベアリングは十分に回転します。精度が落ちて10万RPM程度になるかもしれません。 でもスケートボードでは数千RPMあれば十分なので、そもそもそこまでの精密さは必要ないのです。
ABEC規格についてもう一つ知っておくべきことがあります。 ABECが測定しているのは、ベアリング各部品の寸法が理想値にどれだけ近いか、という点だけです。 材質の品質、表面仕上げ、潤滑剤の性能、その他スケートボードで重要な要素は評価されません。
セラミックボール
材質の話になったので、セラミックボールについて触れておきましょう。 セラミックはカップや皿にも使われる素材で、錆びることがなく、非常に硬いため変形しにくい特徴があります。 しかし、セラミックにも弱点があります。 陶器と同じ性質を持つため、 一点に荷重が集中すると割れてしまう ことがあるのです。 そして、ボールが錆びなくても、ベアリングのフレーム部は金属製のことが多く、こちらは錆びる可能性があります。
フレームまで含めてすべてがセラミックの「フルセラミックベアリング」は、壊れやすいことで知られています。 スケートボードのウィールは上下方向にしなり、ベアリングへ力がかかります。 この力をフレームが受け止められなければ破損してしまいます。 セラミックベアリングの長所と短所、そして予算とのバランスを理解することが、自分に合ったベアリング選びのコツです。

潤滑剤
ベアリングの回転の滑らかさを左右する要素に、潤滑剤があります。 そもそも、なぜ潤滑剤が必要なのでしょうか? スケートボードに乗ると、ベアリング内部のパーツ同士がこすれ合い摩擦が生じます。 潤滑剤はその摩擦を減らすため、パーツ同士の間に薄い膜を作る役割があります。
潤滑剤には大きく分けて2種類あります。 まずオイルは粘度が低いため、加速しやすく減速しにくい特徴があります。 しかしベアリングから漏れやすいため、定期的な補充が必要です。

一方グリスは粘度が高く、加速しにくく減速しやすいという性質があります。 ですが多くのグリスベアリングは両面シールド構造のため、メンテナンス頻度が非常に少ないというメリットがあります。

「オイルを抜くとベアリングがよく回る」という話を聞いたことがあるかもしれません。 実は、負荷のかからないフリースピン状態では、その通りになることがあります。 というのも、 潤滑剤自体にも粘度、つまりわずかな抵抗がある ため、空回しではその抵抗が回転を妨げることがあるからです。 しかし、だからといって潤滑剤を完全に抜くべきかと言えば、答えは「絶対にNO」です。 フリースピンがわずかに短くなったとしても、ライディング中にパーツ間の摩擦を大きく減らしてくれるメリットの方がはるかに大きいのです。 言い換えれば、「どれだけ長く空回しで回るか」は実用的にはほとんど意味がありません。

シールド
次に、シールドについて見ていきましょう。 スムーズな回転の最大の敵は「ホコリ」であり、シールドはそれが内部に侵入するのを防ぐ役割を持っています。 一時期、シールドを外すのが流行ったことがあります。 その発想は「シールドを外せば、内部に入った汚れが外へ抜けやすくなる」というものでした。 しかし、 外に出やすいということは、中にも入りやすい ということです。 そのため、科学的なメリットはあまりないと考えています。 ……とはいえ、私は個人的にシールドを外したベアリングの音はとても好きです。 余っているベアリングがあるなら、試してみるのも楽しいでしょう。
スペーサー
もう一つ重要なパーツが、ベアリング同士の間に入るスペーサーです。 スペーサーが本当に必要なのかについては、長年議論が続いています。 まず、スペーサーを使う側の主張から見てみましょう。 スペーサーはベアリングのインナーリング同士をつなぎます。 パワースライドのように横方向の力がベアリングにかかるトリックでは、スペーサーがその力を2つのベアリングに分散させ、破損のリスクを減らしてくれます。 とはいえ、スペーサーを入れていても横方向の力によってベアリングはある程度変形し、最終的に壊れてしまう可能性があります。
また、多くの場合、スペーサーはウィールの内側よりも細く、ベアリング同士が直接つながっていないことがあります。 このような場合、 スペーサーは、ただその場にいるだけで何の働きもしていません。 個人的には願掛けのような感覚でスペーサーを使っていますが、スペーサーの有無で滑り心地が変わったと感じたことは一度もありません。 以上の理由から、少なくとも私の場合、スペーサーは必須ではないと思っています。

